元祖天才テニス少女
トレーシー・オースチンから学ぶ

LIFE
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トレーシー・オースチン、知ってる?

はい。みんな、お元気? 猛暑の夏も、もう終わりね。涼しくなると「読書の秋」とか「スポーツの秋」とか言うでしょ? 深く物事を考えたり、身体を鍛えたりすのに秋はいい季節ということかしら。今回はスポーツの話題にしようかな。みんなはテニスなんか好き? 私は、何もしないんだけど、見るのは好きなの。特に印象に残っているのがトレーシー・オースチン。1970年代後半に登場し、天才少女と騒がれていたのよ。

17歳で世界ランキング第1位に

トレーシー・オースチンは、十代で1979年と1981年の二度全米オープンを制覇したの。それも当時、二強と言われたクリス・エバート、マルチナ・ナブラチロワを、それぞれの年で破ってね。だから、とても高く評価されたの。他の大会でもめざましい活躍を続けて、1980年4月7日に「17歳3カ月26日」で、最年少世界ランキング第1位に輝いたのよ。その後、この記録はユーゴスラビアのモニカ・セレス選手に破られたのだけれど、トレーシー・オースチンが十代選手として世界の扉を開けたことは間違いないわ。それはもう世界中がびっくりしたわけ。「テニス界に天才少女出現 !!」ってね。

20歳を過ぎると、まったく勝てず

「1980年代はトレーシー・オースチンの時代だ」と誰もが思ったの。ところが彼女は二十歳を過ぎると、まったく勝てなくなったのね。原因は、成長過程にある時期に身体を酷使したため、背中に慢性的な痛みを抱えるようになってしまったの。21歳のときには医師から競技生活の継続は不可能と診断され、競技から遠ざかっていったわ。事実上の引退ね。(公式の引退は1994年7月)そして彼女自身がマジメで周囲の期待に応えようとするあまり、燃え尽きてしまったのね。

「頑張り過ぎない」ことが大事

そう。アメリカでは彼女のケースを「アスリートの燃え尽き症候群」の一例として語られることが多いの。でもね、みんな。ここから学ぶことがあるのよ。患者さんのために、ご家族のために「頑張る」ことはいいの。でも「頑張り過ぎる」のはダメよ。彼女のように燃え尽きてしまうから。「ここぞ!」というときに患者さん、ご家族を支えるためにも、少し肩の力を抜くことも必要なんじゃないかしら。トレーシー・オースチンは、現在、テレビのテニス解説をはじめ、自身の経験を活かした助言や講演など多方面で活躍しているわ。じゃ、またね。

画像提供:PIXTA

ミミおばさん♪

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日本や欧米のポップカルチャー、スポーツなどを題材にして、みんなの仕事の励みや暮らしの潤いになるようなお話をします。

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